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信州・戸隠高原の大自然の中で暮らすHatakichi一家。カナダ製ログハウスでイタリアンレストランを経営し、山での生活を楽しんでいる日々の生活をお伝えします。
Posted on 17:33:31
☆また来年!☆

 みなさん、こんばんは!
 お昼の方は、こんにちは!
 今起きた方は、おはようございます!
 hatakichiです。

 上高田保育園の今年度の最後のガイドを行いました。

 年少組”山組”自然散策Guideです。年齢は3〜4歳の子供達です。普通の保育園では多分行えないコースですが、一年間この子供達とお付き合いしてhatakichiが大丈夫だと!判断して行いました。
 コースは西長野〜静松寺(じょうしょうじ)までの戸隠古道です。大人の足ではほとんどアップダウンが無く1時間もしないで歩けるコースです。しかし、子供にとってはシングルトラックで左側は切り落ちている散策路です。一歩間違えると滑落に危険がある場所です。

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 コース内には西国三十三箇所観音像があります。今では25体ほどになってしまっていますが・・・。

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 戸隠はもう初冬の感じですが、この辺りは紅葉が終わり晩秋といった雰囲気でした。落葉のサクサク感がたまりません。
 
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 こんな感じで可愛く観音像が並んでいます。絶景です。
 
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 途中に何本か倒木が散策路を塞いでいる所があります。子供達にとっては自然のアスレチックです。

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 1時間ほどで静松寺(じょうしょうじ)”に到着。
 同寺の縁起によると、この寺の開山は六十六部の頼朝坊智盛(らいちょうぼうちじょう)法師で、日本中を巡った後に善光寺に来て、葛山の麓に庵を結びました。亡くなる時に、左手のひらに”頼朝”と書いて死んだそうです。
源頼朝が生まれた時、手のひらに”頼朝”と書いてあり、これによって元服してからの名が決まりました。頼朝は、頼朝坊の生まれかわりだということですね。そして、幕府を開いた頼朝は、焼失した善光寺を再建して、自ら参詣しました。
その時、茂菅の頼朝坊の遺跡を訪れ、寺名を”頼朝山法性院静松寺と名付け、田地や山林を寄進したそうです。
 源頼朝が来たという事か・・・。頼朝トンネルもあるしなー。何か歴史ロマンを感じますね。

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 これで2018年にお願いされた上高田保育園の全ガイド日程を終了。今年もいろいろな所に行かせて頂きました。この”山組”の子供達とは初めて会った年になりました。来年以降もよろしくです。また、4月に会った時には元気一杯の顔を見たいと思います。

 






 
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テーマ:信州・戸隠発!
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